筑波大生の自由研究

ある筑波大生が一生懸命に考えるブログ

大学生が読むべき哲学書E・フロム『愛するということ』

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【著者および本の紹介】


 今日はE・フロム著『愛するということ』の紹介をしたい。E・フロムはフランクフルト学派の一人だ。フランクフルト学派は1930年代、ドイツでナチスが台頭するとその思想故にドイツを追われアメリカへと亡命した。フロムもその中の一人である。道具的理性という概念を提唱し、その在り方を批判した。理性が目的を遂行するための単なる道具に成り下がってしまうことで、合理性を妄信する人間像が生み出されたと批判するのである。大学生のアルバイトを酷使するブラックバイトの存在。ひたすらに利益が上がれば良いと「人格」を単なる手段として使役する労働現場。合理性を追求するあまりに無視され続けた人格の行方を探す旅を始めるには、この本が最も適していると思う。

 さて、『愛するということ』は、現代における愛の本質とは何かを探った著作である。現代人は愛に飢えている。しかし、人生の限られた時間のほとんどを金、名誉、成功などといったものにしか費やすことが出来ない。それは果たして正しい人間像であるのか、それを問うた著作である。いい大学に入り、大企業に就職することだけが正しいと信じ込まされているのではないだろうか。それはなぜ?もう一度考えて欲しい。

社会のレールが敷かれ、その上を走ることしか出来ない若者たち。一体誰のための「レール」なのか? 教育という名の「洗脳」は、誰のために行われているのか? 私たち大学生はこの本を読んで「自分のために生きる方法」を知るべきだと思う。我々大学生はあまりに自分のために生きる方法を知らなすぎるのだ。哲学書はそれを考えるチャンスを与えてくれる。

 『愛するということ』は大学生でも読みやすい哲学書だ。時間の無い大学生でも5時間くらいあれば一度は読むことが出来るだろう。もちろん、一度読むだけではあまりに不十分である。最低でも10回は読んで欲しい。

 本の紹介のまとめとして、ここに岡崎武志の書評を引用したい。

岡崎武志


現代は「愛」が消費材のように叩き売られる時代。
半世紀も前にフロムは、「愛」は「幸福に生きるための最高の技術」と断言。
その修練のために「信じる」ことの必要性を説いた。かくも「愛」は困難だ。

 

【現代資本主義が必要とする人間像】


 初めに私自身、最も考えさせられた部分をここに引用したい。鈴木晶先生の訳である。

 

現代資本主義はどんな人間を必要としているだろうか。それは、大人数で円滑に協力しあう人間、飽(あ)くことなく消費したがる人間、好みが標準化されていて、ほかからの影響を受けやすく、その行動を予測しやすい人間である。また、自分は自由で独立していると信じ、いかなる権威・主義・良心にも服従せず、それでいて命令にはすすんで従い、期待に沿うように行動し、摩擦を起こすことなく社会という機械に自分をすすんではめこむような人間である。

 フロムの示した「現代資本主義が必要とする人間像」について、いくつか考えていきたい。

[現代資本主義が理想とする人間像① 大人数で円滑に協力しあう人間]


 これは現代社会にとって痛烈な批判だ。大人数で円滑に協力し合う人間の反対にある、「単独行動を好み、周りとの摩擦を起こす人間」と聞いて、あなたはどんなことをイメージするだろうか。いわゆる不良のようなものをイメージしたに違いない。

 それこそ、現代資本主義が生み出した幻想である。マジョリティに追従し、自分の意見を抑え込むことが「正しい」という大人たちの言動に、一度は疑問を持ったことがあるだろう。しかし、今では自分自身もそれが正しいと感じている。それこそが洗脳である。

 大人数で円滑に協力し合う人間像は誰にとって正しいのか? 「現代資本主義にとって」である。そうだとしたら、あなた自身のためではない。あなたは自分以外の誰かによって、それが正しいと思いこまされていただけだ。この世界に絶対的に正しい尺度は存在しない。アプリオリは既に否定されている。あなたは自分自身の意見を言っていいし、周囲と摩擦を起こしてもいいのだ。それが真にあなたのために生きるということである。

[現代資本主義が理想とする人間像② 好みが標準化されていて、周りの影響を受けやすく、その行動を予測しやすい人間]

 昨年「君の名は」が大流行したことを覚えている。たいして面白くもないあの映画を見に行ったあなたは既に洗脳されていることは間違いない。それは仕方が無い。小さいころからテレビを見続けていたあなたは立派に、現代資本主義が理想とする人間像である。言い換えれば、自分以外の人間のためにコントロールされている人間の一人なのである。テレビ業界には年間数十億の広告費が投下される。なぜか?それはそれ以上のお金が消費されるようにコントロールが可能だからだ。

 

 というわけでテレビは見ない方が良い。みんながみんなテレビに出てくるあの人が好きだなんてオカシイ。新しいアイドルが出てくればすぐに、そっちに乗り換える。そんな行動をしてはいないだろうか。消費社会に取り込まれてしまったあなたは目を覚ますべきだ。

 そんな人は決して「幸せな人間」ではない。「消費社会にとって都合がいい人間」だ。飽きることなく消費をし続ける。あれを買い、これを買い、またすぐに別のなにかに目を奪われる。死ぬまでだ。満足することなく、常に新しいものを探し続ける。「自分を満足させてくれるもの」を探して永遠にさまよい続けるゾンビである。消費では決して幸せにはなれないのにだ。

 

【まとめ】

 『愛するということ』の問題提起の部分のみを書いてみた。これを読んだあなたが実際に『愛するということ』を読んで、愛する技術を理解してもらえたらこれ以上のことはない。現代資本主義の洗脳は、教育と名を変えて行われているに過ぎない。こと日本では明らかにそうである。その道を選ぶのは勝手だが、良心を持つみなさんには自分のために生きてもらいたい。というわけで、今日も自由研究!!